ワインは1日2 / 3本

勉強を人一倍頑張っている(と自負している)イタリア帰りの理系大学院生が、日々の勉強・読書・お酒について綴っています

笑いになるいじりなら問題ないという風潮について -日本を離れて思ったこと 2-

僕は自意識が少し過剰にあります。

 

時期によっても少し変わるんですけれど。

高校生の頃は太っていたし、大学一年生の頃は坊主でしたし。笑

 

気にしない時期は気にしませんが、気になるときは凄く気にしてしまう。辛い。で、最近は気にする時期にいます。笑

 

というのも、悪い意味で気にしているわけではなく、「見た目って何だろう?」と少し根本的っぽく聞こえて、抽象的なことを考えるようになったからです。

 

いきなりですけれど、日本は人の見た目に対する無意識の差別がとても多い国だと思います。

中島義道さんという哲学者の方の本を読んで以降、よりそう思うようになりました。

 

差別感情の哲学 (講談社学術文庫)

差別感情の哲学 (講談社学術文庫)

 

この差別というか、皆さんがいつの間にか抱いている感覚の、たちが悪いところは、罪の意識がほとんどないという点です。

 

例えばテレビの中では、「不細工芸人」といったフレーズは何も珍しくない言葉ですし、髪の薄い方には頭にカメラを寄せてみたり、歯のない人の口元をズームしてみたり、あまり好ましくない笑いが存在しています。

僕もバラエティは大好きなので頻繁に観ますが、「ハゲ」とか「デブ」とか「チビ」とか、そういったワードで笑いが起きるたび、とても嫌な気持ちになります。

自分が該当しているわけではないんですが、そういう身体的なことやどうしようもないことを「面白いからいいじゃん」程度にしか考えず、いじりの対象にして、笑っているのが嫌なんです。

 

それを売りにしている芸人さんはとりあえず置いておくにしても

(本当は売りになるのもおかしな話なんですが)、

インタビューした素人さんの発言を笑うならともかく、全く関係のない身体の一部に焦点を当てて、からかうようなテロップを入れるのは、どうかしています。

 

その影響かどうか分かりませんが、子どものいじりって容赦ないですよね。笑

僕も子どもの頃は散々いじられてきました。結構ちゃんと憶えていますね。

たらこ唇だとか、きのこだとか、云々......確かに唇は大きいんですけれど、いいじゃん、別に。笑 目の大きさに合ってると思いますよ~、僕は。笑

なので、ずっと自分の顔はコンプレックスでした。今でも少し気にしています。

こういった今でも憶えているような「いじり」って、言われた側は、被害者であるにも関わらず、自己否定しちゃうくらい嫌なのに、言った側って「事実じゃん」とか「面白いからいいじゃん」とか、その程度にしか考えていないんですよね。

こちらが頭にきて怒っても、「冗談じゃん、何本気で怒っているの」と。笑

大学でもあったなあ。バーベキュー中に、後輩から、「不細工だから煙が集まるんすよ~」って言われたときは、死ぬほど腹立ったなあ......。笑

 

げふんげふん、少し過去の恨み妬みが入りましたが、こういう見た目に関するいじりはとっても奇妙です。その奇妙さがあまり浸透していないことも奇妙です。

こういう見た目のいじりって、相手のことを低く見ていないと言えませんし、言われる側はとんでもなく傷つくんですよね。

お笑いに近いいじりと、人を傷つけてしまういじりって、隣り合っているというか、ほとんど被ってしまうので、本当に気を付けて発さなきゃいけないと思うんですが、そういう慎重さがテレビの中や日常生活で見られることは、ほとんどありません。

日本のお笑いは好きですよ! けれど、見た目に関する笑いがちょっと多い点が嫌いです。

自虐ならまだしも、他人が他人に向かって汚い言葉を平気で言う場面が多いかなあ、と。

 

絶対的な見た目の欠点なんて、そもそも存在しないはずなんですよ。

でも相対的に「あれ、あの人なんか可笑しくね?」と無意識に見ちゃう目を持っているから、見た目のいじりが生まれると......。

 

ちょっと重たくなっちゃいましたね、ごめんなさい。

何でこんなことを考えているのかと言いますと、単純な話なんですが、こっちではそういった見た目のいじりってほとんどないんですよね。

見た目で何かを言われたことはないですし、そういった言葉も聞いたことはありません。

 

その代わり、見た目だけを基に「〇〇人、〇〇人」ときたねえことを言う人はいます。

これはまた別の問題なんですけれど。笑

 

一度、よくよく注意してテレビを観てみると良いかもしれません。

意外とひどいもんですよ~。笑