ワインは1日2 / 3本

勉強を人一倍頑張っている(と自負している)イタリア帰りの理系大学院生が、日々の勉強・読書・お酒について綴っています

漫才の時事ネタから殺るか殺られるか問題まで

意外と言われることが多いんですが、いや、そんなん知らんがな、でしょうが、実は大のお笑い好きです。

 

※思った通りにつらつらと書く方が、書く速さが格段に上がると気付いたので、

つらつらと書きます。笑 ちょっと癖のある文章になってしまいますが。

 

 

お笑いについて語ればキリがありません。

バナナマンさんのポッドキャストは何周もしましたし、アインシュタインさんのラジオもずっと聴いていましたし、笑

オンバトやゴッドタンは毎週観て......オンバト終わったやんけ。

っていう、はい、誰にとってもどうでもいい情報。

あ、ナイツのラジオも好きです。ちゃきちゃき大放送。

 

ちょっと話の導入が難しいんだなぁ~。

イタリアに来て、ヨーロッパを知ると、それまで日本のことしか知らなかった僕の中に、ヨーロッパ! ヨーロッパという新しい世界(気取った言い方じゃなくて、違う世界というか何というか)が出来まして。

すると、ヨーロッパと日本を比べることが出来るようになって、より日本のことも遠くにいながら分かってくる、という変てこな頭を手に入れました。

変てこっていうか、珍しい。

 

で、もっと日本のこと知らないかん、と日本のニュースをこまめに見るようになりました。

日本にいる頃よりも、日本のことを考えています。

 

主に見ているサイトはこちら↓

ironna.jp

gendai.ismedia.jp

議題と論じ方が入り混じっているiRONNAは本当にお勧めです。

現代ビジネスはちょっと易しい代わりに、何か変なことを述べる記事も多い。笑

あ、あとNHK worldも。

www3.nhk.or.jp

政治のことにも徐々に興味が出てきました。考えなきゃいけん、とようやく気付いたというか、年ですかね。

 

で、お笑い好きと政治好き(?)が合わさると、自然とウーマンラッシュアワーの村本さんにいきつくんですよ。

村本さんと言えば、Twitterで色々な問題に言及されてて、炎上を繰り返してるらしいんですが、まあ僕はTwitterをしていないので関係ない。笑

 

※一応言っておきますが、この記事は村本さんを批判するものでは一切ありません。

 

前置き THE MANZAI面白いのかなあ、うーん。笑

僕が村本さんのことを調べるようになったのは、THE MANZAI

普段お笑いを観ない政治好きの方も、THE MANZAIの村本さんの漫才はご存知なんじゃないでしょうかね。

笑えない、あんなの漫才じゃない、という意見もありますが。

というか、そもそもTHE MANZAIは観てません。笑

THE MANZAIのゆるい空気が嫌で嫌で......あと一組一組の尺が長すぎて飽きます。

ってTHE MANZAI批判をしたいわけでもないんですよ。笑

 

でも、まあ、観てないまま言うのもアレですが、お笑い番組で急に重い漫才ぶつけるのもなあ、とは思います。

笑うためにあるもんですからね、漫才番組。

だからって、やるな、と言うのもおかしいんですけれど。

漫才を通して少しでも興味を持ってくれれば、という姿勢は正しいと思います。

が、他にやる場はないのかね、と思わなくもない、

まあないけれど、

そういう番組を作ればいいんよ、

でも誰が観るねん、

さあ、

スポンサーもつかへんやろ。

そもそも漫才として面白くないっていう、致命的な欠点。笑えるように作ってほしいなあ、と、これは僕の好みか。

 

本題 殺るか殺られるか問題

やっと本題に入るんですけれど、あはは

村本さんの発言を調べていくうちに、妙に引っ掛かるご発言に出会ったんです。

「自分や身内が殺される状況に置かれたら、殺されます

という、うひゃー、こええ、おっかねえ、ごめんなさい。

これは国家間の問題とか、憲法のお話の途中に出てきた発言のようです。

 

その論拠は、恐らく戦争はだめだから、殺人はだめだから、相手にするくらいなら自分がそれを受ける、という。

うーん。

 

殺したくないっていうのは分かるんですけれど、

正しい正しくないの前に、これ矛盾してませんか?って気付いた今日この頃。

 

というのもですね(上手く説明できるかなー)、

村本さんのこの発言って、殺人はダメ、っていう考えが根本にありますよね。

それはまあ良いんですけれど、

いざ、殺るか殺られるか、という状況に陥ったときに、何もせずに殺されるのを選ぶということは、

殺人はダメ、という自分の信念を貫いていないんじゃないか、という矛盾。

だって、殺人はダメ、という考えを持つならば、相手がそれに反して自分を殺そうとしてしたら、抵抗しなきゃいけないと思うんですよ。殺人はだめだぞー、と。

相手が自分の信念に反することをしようとしているんだから。

でも無抵抗で殺されちゃう。

かと言って、自分も殺人はできない。

だからそもそも、殺人はダメ、という考えが単純過ぎるんじゃないか、と僕は思った、んです。

穏やかじゃねえ話ですが。矛盾がある、と気付いたんです。

 

メタル脳の記事でも少し触れましたが、殺人がダメだなんてこと、みんな教わってきてるんですよ。

で、勿論殺人は悪いことだし、そういったことが起こらないことが何よりなんですけれど、それでも起こり得るじゃないですか。

そういったニュースは毎日のように流れてきますよね(日本は殺人事件を過度に報じ過ぎっていう問題は置いておいて)。

あれ、いけないことのはずなのに、犯した当人もいけないことだと分かっているはずなのに、それでもやっちゃうことがあるんだ、という現実を、見ようとしない人が多い。

 

憲法第九条の改正をめぐる問題も似ていて。

ちゃんとした議論もある一方、一般の人びとが言うのは「戦争はダメだ!」だけ。

いや、僕もそう思いますよ、ダメですよ戦争なんて、しない方が絶対に良い。

みーんなそう思ってますよ。改正派の方もそう思っていますよ。

でも、何度も何度も起こってきたじゃないですか。

もし日本に、どっかおかしくなった国がワーってやってきて、否が応でも戦争状態に突入しなきゃいけなくなったときどうするの?っていう話をしなきゃいけないはずなのに、「戦争ダメ!」で。議論にならないんですよね。

(まあ、今どの国が日本に攻めてくるねん、とは思いますけど。笑 脅威をイメージしにくいんですよね。いざ目の前に現れて、その恐ろしさが分からないと考えられない。それじゃ遅いんですけれど)

 

理想ばかり言えないんすよねー、困った困った、と前提を踏まえた上で、話し合いが行われたら、もっと日本の政治のニュースは面白くなるんじゃなかろうか。

 

何を思い出したか

最後に。村本さんの発言で、僕はあることを思い出しました。

昔、キリスト教でも何でもないのに、聖書を読んで語り合う会に参加したことがありまして。

 

そこで、法学部の誰かが、

「『頬を叩かれたら、もう片っぽを差し出せ』ってありますけれど、これ嘘じゃないですか?

というのも、キリストが各地を回っていた頃、キリストを殴りつけたいって思ったヤンキーみたいな人たちが、キリストの行く先で彼の到着を待ち構えてたことがあったんですね。

そのときキリストは、彼らの姿を見るなり、すぐに立ち去ったんですね、殴られずに。

これっておかしくないですか?」

と仰ったんですね、話の真偽は分かんないですけれど。

これ、ほんとに言ったんですよ。笑

 

僕はそれに対して、

「いや、でも暴力をするっていう罪を相手に犯させないために、立ち去ったんじゃないですか?

暴力を甘んじて受けろ、って違うと思うんですけれど」

と返しました。

 

いや、法学部の方はこう返しました。

「でもそれなら、十字架にはりつけられることからも逃げなきゃ」

 

まあ、うーん。

その場で言い返せなかったのが今でも悔しい。笑

 

反論を皆さんも考えてみよう!!

 

僕は、単純に、状況が違うじゃん、と。笑

だって、僕らもコンビニ前にたまっているヤンキーのところに行って、「僕、キリスト教なんすよ。殴りたいっすか、どうぞ」って頬差し出しませんよね。笑

 

何だか、0と1でしか考えない人が多いなあ、と最近気付いてきました。

ダメだからダメ!と綺麗に説明つかないことなんて山ほどあるのに、考えようとしている人があまりにも少ないような。くまったくまった。